サワサワと揺れる緑の木々の間からさす湿度のない乾いた日差しや
砂利を歩いている時の足裏の感覚、白樺の木や泥と混じった溶けか
けの雪を見ると、幼い頃を過ごしたロシアの日々の断片に連れ戻さ
れる瞬間がある。
私を世界一甘やかしてくれたロシアのバーブシュカ・カーパの住ん
でいた古都コストラマ。(バーブシュカはおばあちゃんという意
味)ヴォルガ河沿いに位置するロマノフ王朝発祥の街。
バーブシュカは他の子供達といるときも私だけを特別に可愛がっ
た。枕の下にはいつも宝石みたいにカラフルな飴玉の入った缶を忍
ばせて食べさせてくれたし(おかげで虫歯が増え母はいつも怒って
いた)、柔らかくてふかふかなバーブシュカのお腹の上で寝るのが
好きだった。
夏のロシアは白夜が続くので、近所の子供達と遅くまで外で遊び、
大人たちはウォッカをあおりながら話に花を咲かせている。大抵は
誰かが泣き始めたり、喧嘩が始まってお開きになる。
外で遊んでいる間、遊びに負けた子供は罰ゲームでそこらじゅうに
生い茂るイラクサの中に突き倒され、いまだに思い出すと不快な痛
みに耐えるのがルールだった。
ある朝、外からザワザワとした不穏な人だかりの音で目覚めると、
バーブシュカのお向かいさんが庭で飼っていた牛が逃走して車に轢
かれて、大変な騒ぎになっていた。
バーブシュカが亡くなってから私はコストラマに戻っていない。
戦争が終わったらバーブシュカのお墓参りに行って、娘と会わせて
あげたい。きっと生きてたら私の時以上に可愛がってくれたと思
う。
10/ 2024