なってみたかった職業がある。
「翻訳家」だ。
10年以上前になるが、柴田元幸さんがたまたまラジオにゲストで出演されお話しされるのを耳にすることがあり、翻訳家という方の仕事を知った。
一から物語を紡ぐのではなく、異なる言語で紡がれたものを自国の言葉になおす仕事。自分以外の人が生み出した物語に寄り添いながらそれを伝えるためのよりよい言葉をさがす。私にとっては、それはとても創造的なことに思えた。
もし翻訳家になったとしたら、家の中の一番心地よい場所に仕事部屋をつくり、本の山に囲まれて、足元には猫が転がり、ずーっと物語の中に埋没し、もがき苦しみながらもそれを最上の喜びとして、文章を編むことをし続けてみたい。
以前、柴田さんの朗読会にも参加したことがある。
小柄だが真摯なエネルギーに満ちたやさしく強い人だった。いっぺんで好きになった。
柴田さんのインタビューの中に素敵な言葉があった。
「正確であることよりも、面白いことのほうが大事。でも、面白さを伝えるためには正確がいちばん」
いまの自分の仕事にも響くものがあった。