設計という仕事を続けていると、自分の人生だけでは触れられない日常に、いつのまにか深く入り込んでいることに気づきます。
医師の働く緊張感のある空間も、菓子職人が朝の光を頼りに仕込みを始める厨房も、あいさつから一日が決まるスタッフルームも、図面を描く前にその人の時間の流れを追体験することから始まる。
リクエストを聞くだけでは不十分。そこで働く体温や癖、迷い方まで想像しないと、空間の重心は決まらない。そう思うと、設計者である自分は、日常的に“別の人生”を追随しているようなものだ。もちろん、それは完全な理解ではなく、あくまでそっと近づいてみるだけの行為。それでも、誰かの世界を少し借りて歩くような時間が、自分自身の視野をゆっくりと広げてくれるのだ。