紅茶はクスミティーが好きです〜
「銀の匙をくわえて生まれた子は、幸せになれる」。ヨーロッパで古くから続く伝承だ。生まれたばかりの我が子が、将来食べることに困らぬ人生を送れますように。そんな親の願いを銀の匙に託す、なんと美しい風習だろう。
かくいう私も、実は生まれたときに贈られた銀の匙を持っている。表には名前、裏には生年月日、生まれた時間、生まれたときの身長と体重が刻印されたものだ。
将来、安定した生活を送り、食べるものに困りませんように。そんな願いをかけられた赤ん坊が、36年後にどんな暮らしをしているかというと——結論から言えば、食には困っていない。ただし、驚くほど無頓着でもある。
まず、うちにはキッチンがない。厳密に言えば、かつてキッチンであったスペースは、クローゼットへと魔改造されている。シンク下の戸棚にはバッグ、上の戸棚にはシューズの箱、その隣には香水やコスメの箱が隙間なく収まっている。冷蔵庫は、ない。一応コンロは備え付けられているが、一度たりとも火をつけたことがない。ちなみに電子レンジだけは、なぜかある。姉が海外へ移住するときに置いていったもので、デリバリーフードを温めるために年に数回使っている。
では、食器はどうか。先述のスプーンを除けば、紅茶を飲むためにIKEAで買ったマグカップ、酒のつまみを食べるための安物のフォーク、そして唐突にラグジュアリーないただきもののシャンパーニュグラスが2脚。以上である。書きながら「大人としてどうなの?」と自分を諌めたくなった。
誤解のないように言っておくと、食べること自体は好きだ。美味しいものは大好きだし、もっと言えば、幼い頃から料理だって得意。だがしかし、何を隠そうファッションの優先順位が高すぎるのだ。衣、食、住のバランスを比率で表すとしたら、感覚的には9:0.5:0.5といった具合。小数点以下は、切り捨てである。
他のコントリビューターの方たちが綴る、こだわりの詰まった食器にまつわる記事を読みながら、ただただ羨望の眼差しを送っている。鈴木親さん、桑田卓郎さんのコップ使ってるんだ。いいなぁ。ライターの小川さん、旅先で食器買うんだ。おっしゃれ〜!
自分もいつか、こだわりの食器を揃えて、ホームパーティーなんて催してみたいと夢見ている。アスティエ・ド・ヴィラットの大皿に、柚木麻子さんの『バター』に登場するレシピを再現して、こんがり焼き上げたターキーの丸焼きを載せる。そしてピュイフォルカの銀食器をずらりと並べるのだ。
そんな妄想の食卓に思いを馳せながら、今日も電気ケトルで淹れた紅茶を、銀の匙でかき混ぜている。