昨日は久しぶりに夜通しクラブで遊び、今朝始発で帰宅しました。なので朝派です。
という、陽キャの一休さんのような屁理屈はさておき、昔から生粋の夜派というか、朝に弱い人間だ。小学生の頃から、毎朝母親に叩き起こされずに起床できたためしがない。なんなら、朝礼とか普通に遅刻していたと思う。
英『Nature Communications』に掲載された研究結果によると、朝型か夜型かはある程度遺伝子によって決められているという。何でもかんでも遺伝のせいにするのはいかがなものかとは思うが、例えば大人になった今、珍しく朝早く――といっても7時とかなのだが、比較的早く起きて仕事をしようにも、結局一番集中して作業できるのは夜8時以降だったりするのだ。これはもう、遺伝子のせいとしか言いようがない。
他の方も書いているように、朝派に憧れない気持ちがないわけではない。鳥のさえずりとともに目を覚まし、南部鉄器で沸かした白湯を飲み、軽くジョギングをし……なんて健康的で、魅力的な生活だろう。しかし、そもそもフリーランスのエディターというのは、決まった時間でルーティンを組めるような身分ではないのだ。原稿が思うように進まなければ、朝までパソコンとにらめっこ。かと思えば、始発より早い時間にロケバスに乗り込み遠方撮影。海外のクライアントとのリモート会議は、こちらの時差など無視して深夜にスタートなんてこともままあれば、NYでグッチがショーを開催するとあれば夜明け前からパソコンを開いてリアタイ。規律正しく生きている人間からすれば、よほど無秩序な生き方に映ることだろう。しかしながら、これが意外に苦痛でもないのだ。
歳を重ねると早寝早起きになると昔から言われているが、果たして自分もそうなるのだろうか。でも、昨日朝まで一緒に飲んでいた先輩は僕よりかなり年上だよな。できることなら、あんな風に歳を重ねたいものだ。